
高さ1820mm、幅910mm。サブロクサイズのこの扉は、同じサイズの木毛セメント板と並んで貼られているため、使わないときには扉であることを忘れてしまいます。なぜそんな扉をつくったのでしょうか。
限られた平面の中で機能的な配置を優先した結果、ダイニングのすぐ近くにトイレを置く必要が出たからです。
ダイニングとトイレの距離はできるだけ離したい。もし寸法上の距離が取れない場合は心理上の距離を取りたい。
そこで正面から見せるのではなく、「隠す」という方向に発想を切り替えました。
一面に木毛セメントを目地を空けて貼り、その一部を開き戸にすることで閉まっている時にはドアが視界に入らなくなります。
この表面のスリット幅、扉枠とヒンジの納まりは、図面とCGで何度も検討し、現場で職人さんとすり合わせながら精度を詰めていきました。

完成した空間では、来客がトイレの存在に気づかないこともしばしば。
「えっ、ここ扉だったの?」と驚かれることも多く、そのリアクションはどこか嬉しいものです。使うときにだけ“現れる”扉は、日々の暮らしの中で、ほんの少しだけ遊び心を添えてくれます。
さらに、扉の取っ手にもひと工夫。クライアントのイニシャル「n」にちなんで製作したオリジナルの「nノブ」は、機能だけでなく、家全体の雰囲気をやわらかくする小さな仕掛けです。

完全な隠し扉にせず、どこかに人の気配を残しておくこと。それがこの扉の愛着にもつながります。
制作物だけあって、扉は少し重さがあります。それでも「気にならなかった」と言ってくださった施主の言葉にほっとしました。他にはない扉があることで、日々の暮らしがちょっと楽しくなる。
そんな空間のあり方を、これからも大切にしていきたいと思っています。