商品を選ぶという行為が、ここではまるで「酒と出会う」時間のように感じられます。テーブルには、その日おすすめの一本が数本ずつ並び、それを囲むようにお客さんと店主との会話がはじまります。「今日はどんな料理に合わせたい気分ですか?」「辛口と香り、どちらが好みですか?」。テーブルがあるからこそ生まれるこのやり取りが、訪れた人にとって心に残る時間を生み出しているように思います。
設計にあたっては、酒販店の「常識」を問い直すところからスタートしました。たくさんの酒を並べるのではなく、酒の魅力を引き立てる“余白”をつくること。そのために棚の量を最小限に抑え、中央には会話の生まれるテーブルを据えるという逆転の発想を取り入れました。結果として、ひとつひとつの酒のラベルや質感が際立ち、商品に対する視線が深くなる空間が生まれました。
「テーブルを置いてから、お客様との会話が増えました」とオーナーの寺田さんは話します。お客さんの好みや背景を聞いたうえで商品を提案するスタイルが浸透し、結果的に売上も伸びたそうです。空間が変わることで、人の振る舞いや関係性にも変化が生まれる——そんな手応えを持っていただけたことは、設計者としても嬉しい成果でした。
目に見えるものをただ増やすのではなく、あえて減らすことで見えてくるものがあります。この店が持つ「余白」は、酒の魅力を深めただけでなく、場の空気や人の関係性にまで静かに作用しているように思います。選択と集中、そして“空ける”という決断がもたらす可能性について、あらためて考えさせられるプロジェクトでした。