

この家が建つのは、古くから寺町として続いてきた穏やかな地域。
私たちは設計のはじまりから、成熟したコミュニティの中に新しく住まう家族が、どのような関係を築けるかを考えてきました。
ただ開くのでもなく、ただ閉じるのでもない。
互いが心地よく感じられる距離の中で、ゆるやかに視線を交わせるような、そんな繋がりの形を探していました。
敷地は石畳の小道に面した、間口の狭い土地。
建物の配置は少し奥に引き、家族が集う重心を、2階の道路側に設けています。
その中心にあるのが、この大きな窓。
窓に合わせてボリュームを「きゅっ」と絞ることで、まるでメガホンのように内と外を繋いでくれています。
この窓に立つと、外の気配が自然に入ってきます。
けれど、開放的すぎて落ち着かないわけではありません。
空間が包まれているような安心感と、視線が広がっていく気持ちよさが同居しているのです。
実際に訪れた日、小道を歩いていると窓から娘さんが手を振ってくれていました。
「窓越しに視線が合う」たったそれだけなのに、なんだか嬉しかったのを覚えています。
建築では、しばしば「開く」あるいは「閉じる」という言葉で、街との関係を語ります。
けれど、この家ではそのどちらにも偏らず、「起点」をそっと植えるような感覚で設計を行いました。
新しくこの土地に住まう家族と、昔からこの町を見守ってきた人々。
そのふたつのまなざしが、やわらかくすれ違うような。
そんなさりげない関係性こそが、この家で育まれていく日常なのだと思います。