今回のプロジェクトは、おにぎり屋さんの計画でした。クライアントは、国内でも有数の海苔加工会社を営まれています。ご相談の段階から「この会社ならではの魅力が感じられる店にしたい」という言葉が印象に残っていました。
とはいえ、海苔そのものを店舗の中にどう表現すればいいのかは、なかなか難しい問いでもありました。製造工程を見せる?海苔そのものを素材に?と様々な案を検討する中で、「海苔の全形サイズをそのまま使ってみてはどうか」という、ある種の“見立て”の発想が浮かびました。
海苔の全形サイズは21cm×19cm。この決められたサイズ感は、半切や四つ切りといった加工にもつながる、業界内では共通の基準です。そのリズムを壁のデザインに取り入れ、まるでタイルのように並べていく。実物の海苔は使えないけれど、木毛セメント板を艶やかな黒で塗装することで、質感や深みを再現できるのではないかと考えました。
この提案を行ったプレゼンの日、クライアントの表情が明らかに変わったのを覚えています。「その手があったか」と、関係者が一斉にうなずいた瞬間。これまでぼんやりとしていた空間の輪郭が、一気に立ち上がってくるような、そんな手応えがありました。
何か特別なことを加えるのではなく、すでにそこにある意味や形に、少しだけ目線を変えて向き合ってみる。それだけで、空間に宿る物語は変わっていくのだと思います。この店の黒い壁には、そうした“気づき”の蓄積が静かに刻まれています。